日本で働く外国人の皆さん、あるいは外国人従業員を雇用している企業の皆様、こんにちは。国際業務専門のWILL行政書士事務所です。
日本で会社員として働くと、毎月の給与から「厚生年金保険料」が天引きされます。しかし、数年間日本で働いた後に母国へ帰国することが決まった外国人の方から、こんなご相談をよくいただきます。
「毎月高い年金を払ってきたのに、日本の老齢年金をもらう前に帰国することになった。これまでに払った年金は、すべて掛け捨てになってしまうの?」
「帰国時に年金の一部が返ってくると聞いたけれど、どのような手続きをすればいいのか分からない」
「振り込まれた金額を見たら、20%も税金が引かれていた!これを取り戻す方法はないの?」
日本の年金制度は、原則として「10年間」保険料を納めなければ老齢年金を受け取ることができません。そのため、数年で帰国する外国人労働者にとっては非常に不利な仕組みとなっていました。 この不利益を解消し、納めた保険料の一部を返還する特例的な制度が「脱退一時金」です。
この記事では、脱退一時金を受け取るための厳しい条件から、具体的な手続き方法、引かれた税金を取り戻すための「還付手続き」、そして2025年の最新の法改正情報まで、専門家が徹底的に解説します。
これから帰国を控えている外国人の方や、帰国する従業員をサポートする企業の担当者様は、ぜひ最後までお読みください。
日本で払った年金が戻ってくる「脱退一時金」の受給要件
脱退一時金は、誰でも無条件にもらえるわけではなく、以下のすべての条件を完全に満たしている必要があります。
- 日本国籍を有していないこと
この制度は外国人労働者のための特例措置であるため、日本国籍(二重国籍を含む)を持つ方は対象外です。 - 公的年金制度の被保険者資格を喪失していること
会社を退職するなどして、厚生年金や国民年金から完全に離脱している必要があります。 - 加入期間が「6ヶ月以上」あること
厚生年金保険、または国民年金の保険料納付済期間が6ヶ月以上必要です。 - 老齢年金の受給資格期間(原則10年)を満たしていないこと
加入期間が10年(120ヶ月)以上ある場合は、将来日本の老齢年金を受け取る権利が確定するため、脱退一時金をもらうことはできません。 - 障害年金などの受給権を持ったことがないこと
過去に障害基礎年金や障害厚生年金を受け取る権利が発生したことがある場合は対象外となります。 - 日本国内に住所を有していないこと
市区町村に「転出届」を提出し、住民票が抹消された非居住者であることが必須です。 - 資格喪失日から「2年以内」に請求すること
年金の資格を喪失した日(または日本に住所がなくなった日)から起算して2年以内に手続きを完了させなければ、権利が消滅します。
脱退一時金はいくらもらえる?(計算方法と上限)
脱退一時金の算定方法は、加入していたのが「国民年金」か「厚生年金保険」かによって根本的に異なります。いずれの場合も、受け取った時点でその期間の年金記録はリセット(消滅)される点に注意してください。
国民年金の場合
個人事業主や学生などが加入する国民年金の場合は、定額制に近い計算方法になります。最終納付月が属する年度の保険料額を基準とし、納付済期間の月数に応じてあらかじめ決められた額が支給されます。現在は最大「60ヶ月(5年)」を上限として支給額が計算されます。
厚生年金保険の場合
企業に雇用される外国人労働者が加入する厚生年金保険の場合は、給与(報酬)の水準に比例して支給額が決まります。 具体的な計算式は、「平均標準報酬額(加入期間中の平均月収や賞与) × 支給率」となります。 おおよその目安として、「過去の年収の合計 × 約9%」という簡易計算で概算額を把握することができます。厚生年金の場合も、現在は最大「60ヶ月(5年)」が計算の上限となっています。
申請手続きの流れと「よくある失敗トラブル」
脱退一時金の取得プロセスは、帰国前の準備から帰国後の海外からの請求まで、一連の厳密なオペレーションが必要です。
- 帰国前の「転出届」の提出
帰国前に居住地の市区町村役場で転出届を提出し、日本に住所がなくなることを公的に証明します。 - 帰国後の請求書郵送
日本を出国した後、日本年金機構に対して「脱退一時金請求書」と必要書類(パスポートの写し、基礎年金番号がわかる書類、銀行の証明書など)を郵送します。
【要注意】受取口座に関するよくある失敗
脱退一時金の振込先として指定する金融機関には、厳しい制約があります。 最も多い失敗が、「ゆうちょ銀行」や「一部のインターネット専業銀行」を指定してしまうケースです。これらは年金機構のシステム上、送金先として指定することができません。 また、日本国内の銀行口座を指定する場合、口座名義が「カタカナ」で正確に登録されていなければなりません。アルファベット表記などで登録されていると名義不一致による送金エラーとなり、支給までに膨大な追加時間がかかってしまいます。
引かれた20.42%の税金を取り戻す「退職所得の選択課税」
実は、厚生年金保険の脱退一時金を受け取ると、税務上は「退職所得」とみなされ、支給額の20.42%(所得税+復興特別所得税)が一律で源泉徴収(天引き)されてしまいます。 たとえば、脱退一時金が100万円だった場合、約20万円が税金として引かれ、手元には約80万円しか振り込まれません。
しかし、天引きされると諦める必要はありません。日本の税制には「退職所得の選択課税」という救済措置があり、申告を行えば引かれた税金の全額が還付される(戻ってくる)ケースがほとんどです。 外国人労働者の多くは加入期間が数年程度であり、一時金の額が「退職所得控除額(例:3年勤務で120万円)」を下回ることが一般的であるため、課税対象額がゼロとなり、本来納めるべき税金もゼロになるからです。
還付手続きには「納税管理人」が必要
すでに帰国して非居住者となった外国人が、日本の税務署に還付申告(更正の請求)を行うためには、日本国内に住む人を「納税管理人」として選任しなければなりません。
- 日本年金機構から送られてくる「脱退一時金支給決定通知書」の原本を、日本の納税管理人に国際郵送する。
- 納税管理人が税務署へ「退職所得の選択課税による還付申告書」を提出する。
- 納税管理人の日本の口座に還付金が振り込まれた後、本人の海外口座へ送金してもらう。
この還付請求ができるのは、脱退一時金を受け取った年の翌年1月1日から「5年間」に限定されています。この期間を過ぎると時効により権利が完全に消滅してしまうため、早めの手続きが肝心です。
【2025年最新法改正】上限「8年」への拡大と、再入国許可中の請求禁止
外国人労働者の脱退一時金制度は、近年の就労環境の変化に合わせて大きな制度改正が行われています。2025年に可決・成立した年金制度改正法により、以下の重要な変更が決定しました。
- 支給上限月数の拡大(5年から8年へ)
これまで脱退一時金の計算上限は最大60ヶ月(5年)でした。しかし、今後は「育成就労制度」で3年、「特定技能1号」で5年と、合計8年間の長期就労が主流になることが見込まれています。これに対応するため、上限が最大「96ヶ月(8年)」に拡張されることになりました(公布日から4年以内の政令で定める日に施行)。 - 再入国許可期間中の請求制限(原則禁止)
上限拡大というメリットの反面、厳しい制限も設けられました。改正法施行後は、日本に在留資格を残したまま「再入国許可(みなし再入国許可を含む)」を得て一時的に帰国している期間中は、脱退一時金を受給することができなくなります。これは、一時帰国のたびに年金をリセットし、将来「無年金」の外国人が大量に発生するリスクを防ぐための措置です。再入国許可の期限が満了し、日本に再び入国する権利が完全に失効して初めて請求が可能となります。
要注意!社会保障協定の締結国出身者は慎重な判断を
もう一つ、脱退一時金を申請する上で極めて重要な判断基準となるのが、出身国と日本との間に「社会保障協定(年金加入期間の通算)」が結ばれているかどうかです。
現在、日本はドイツ、アメリカ、フィリピン、ブラジルなど複数の国と、年金加入期間の通算が可能な協定を結んでいます。 もしあなたがこれらの通算協定国の出身者である場合、脱退一時金を受け取ると、日本の年金記録は「初めから存在しなかったもの」として完全に消滅し、期間通算の対象から除外されてしまいます。
その結果、「日本での就労期間を通算すれば母国で老齢年金をもらえたはずなのに、過去に一時金を受け取ってしまったために母国の年金すら受給できなくなる」という取り返しのつかない事態に陥るリスクがあります。 目先の現金(一時金)を受け取るか、将来の年金受給権(期間通算)を保持するかは、ご自身のライフプランに直結する重大な問題です。 ※なお、中国やベトナムなど、通算協定が未締結の国の出身者であれば、脱退一時金を請求するのが最も合理的な選択肢となります。
帰国前後の複雑な手続きは、冷静に、慎重に
いかがでしたでしょうか。年金の脱退一時金制度は、ただ書類を出せばお金が振り込まれるという単純なものではありません。厳格な受給要件の確認、指定口座のルール、帰国後の税金還付に向けた納税管理人の手配、そして社会保障協定をふまえた不可逆な選択の判断など、非常に高度な知識が求められます。
より詳しく知りたいという方は是非以下の[日本年金機構]のウェブサイトもご一読ください。
・脱退一時金の制度(外部リンク)
・脱退一時金を請求する方の手続き(外部リンク)
・年金Q&A (短期在留外国人の脱退一時金)(外部リンク)
・Lump-sum Withdrawal Payments(外部リンク)
今回のコラムが、一人でも多くの方のお役に立てば幸いです。

